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ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ07

 「江原さん、どうして突然、ドライアイスの演出をやろうと言い出したですの?」  ルドルの問いかけに、江原がため息を一つする。しばらくして意を決したように口を開いた。 「ラムネの瓶を破裂させるため……です」 「江原さん! ……どうして」  立ち上がった愛奈が、ほとんど叫ぶように、そう問いかけた。途中で気づいて、声が小さくなる。 「お嬢さん、申し訳ありませんでした、ずっと、白状しようとしていましたが、弱い私は結局、真実を悟られまいと、あんな態度をとって……しまって」  江原は深々と頭を下げる。それを見て、愛奈は元の椅子に力なく座った。そして呟く。 「どうしてこんな事」  頭を上げて、泣きそうな表情を見せた江原が、深呼吸をした後、話を始めた。 「社長はいつも採算を度外視した物を作っていました、お客様を笑顔にするためです、私はそういう社長が好きでした、でもいつしか理想と現実はかけ離れていって、会社の経営は傾き始めていました、そんな時に瓶のラムネを作ると社長は言いました、いつもの調子で、この商品で親は懐かしさ、子供は逆に新鮮で大喜びだって、私も、このアイデアには、もしかしたらと思いました、でもその時はもう、そのもしかしたらに賭けるほどの余裕さえ、この会社にはありませんでした、止めなければ、この会社はもう危なかった、でも社長はそれでも、みんなを笑顔にするために、と言って聞いてくれなかった……倒産すれば従業員は路頭に迷う、大切な笑顔は失われるんだ」 ※  そろそろ夏になってきて、暑くなってきていた。猫探しを終えた茉姫とルドルは、暑さにヘロヘロになりながら、事務所に帰ってきた。 「あっっですの、この世界は滅ぶですの? 終末の暑さですの」 「まだ、こんなもんじゃないよ」 「あぁ、滅ぶですのね、この世界は」  あながち、間違いじゃないかもしれない、と茉姫は思う。温暖化現象が進んでいるのだ。 「とりあえず、あれを飲ませろですの」  ルドルが茉姫に催促する。苦笑しながら茉姫は冷蔵庫から、瓶ラムネを二本取り出して。一本をルドルに渡そうとして、寸前で止める。 「苦いとか、辛いとか言ってたくせに」 「うるせぇですの! 早く、早くそれを渡しやがれですの!」  キメてラリってる奴が、クスリをせがむ様な必死さでルドルが瓶ラムネに手を伸ばしてる。 「どういう言い方されるとなぁ」 「申し訳ありませんですの

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ06

  茉姫とルドルは事務所へと帰って来る途中だった。当事者に話を聞いたが、有益そうな情報は得られなかったのだ。怪しい人物はいなかった。破裂した瓶に近づいた人がいたかどうか、覚えていない。当日に江原がいきなりドライアイスを使って演出しようと言い出した。こんな話しか聞けていない。茉姫はため息をつく。犬猫探しはすんなりいくのに、こういう調査は上手くいかない。茉姫はワンニャン探偵(笑)への自分の適性を思い知る。 「ちょっと、あんたら」 「え?」  二人が事務所への階段を上がろうとしていた所、一階のペットカットハウスから声が聞こえた。 「これ! あんたの依頼人がお礼だって」  カットハウスの女主人牧原がそう言って、紙でできた箱を渡してきた。 「依頼人ってどっちの?」 「小次郎君のだよ……アイスクリームだってよ」  犬猫探しの依頼で捕まえたペットは基本的に、このカットハウスに預けている。茉姫たちも不在の場合が多いし、ペットを一時的に預けるなら、こっちの方がいいだろうという、茉姫の判断だった。 「これ高そうだねぇ」  茉姫がゲス顔でそう言う。金持ちは金銭感覚がバカだから、こういう物はケチらない。そういう物だと茉姫は知っていた。 「ありがとねぇ!」  そうお礼を言った茉姫は、足早に事務所への階段を上がる。ルドルもそれに続いた。事務所に入ると早速、茉姫が箱を開ける。ルドルもそれを覗き込んだ。 「なんですの?」 「アイスはまだ未体験だったか……炭酸ジュースよりわかりやすいよ」 「ほぉですの」  興味がそそられたらしくルドルが嬉しそうに箱の中をじっと見つめる。すると、入っていたドライアイスに気付き「なんかモヤモヤですの」と言って、触ろうとする。 「危ない、触ったらダメ」 「危ないですの?」 「これはドライアイスって言って、冷たくて、触るとケガするよ」 「ですの!」  そう言って、ルドルは一歩後ずさる。 「そんな物に、あなたは喜んでいたですの?! 頭おかしいですの」 「おかしくねぇわ! ドライアイスは冷却用で、私が喜んでいた物はこっちのアイスクリーム」  茉姫が箱の中のカップアイスクリームを一つ取り出して見せる。コンビニとかでも売ってるところを見た事がない様なアイスだった。これは期待できそうと茉姫は顔が緩む。 「ですの……そのどらいあいす? は何なんですの?」  ルドルは食べ物よりもドライア

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ05

  翌日、茉姫とルドルは愛の音製菓へ来ていた。 「ここがねぇ」  愛奈が玄関で出迎えてくれていた。二人は挨拶をすると早速、愛奈について中に入る。それほど大きい会社ではない。中小企業といった感じで、事務所と工場が併設されている。両方とも一階建ての建物だ。まずは事務所の方に招き入れられた。 「今日はありがとうございます」  事務所の応接セットを勧められて、愛奈の挨拶に「いえいえ」と言いつつ、茉姫とルドルは並んで座る。 「さっそくだけど……」 「探偵ですか……そんな物に依頼して」  茉姫の言葉を遮るように不機嫌な声が降ってくる。声のした方を、二人が見ると、生真面目そうに、きっちりスーツを着込んだ五十代くらいの男性が立っていた。 「お嬢さん、無駄なお金を使うくらいなら、勉強してはどうですか?」 「無駄ではありません」  愛奈も不機嫌な声で返事をした。男性は少しため息をついたあと、茉姫とルドルを見て言う。 「江原弥彦です、現在は実質、社長代理……ですね」  江原はそれだけ言うと、愛奈をチラリと視線を送って、行ってしまった。 「嫌な奴ですの」 「こら」  ルドルが怖気なく悪口を言うのを、茉姫は注意する。すぐに「私も思ったけど」と、茉姫はルドルにだけ聞こえる様に呟く。 「すみません……前はあんな感じではなかったんです、事件の後くらいから、なんだか変わってしまって」  申し訳なさそうに愛奈が謝る。それにしても嫌なやつだ。茉姫はそう思いつつ、話を再開した。 「さっそく……まずは映像とか写真はあったかな」 「はい……映像は無かったんですが、写真なら」  一度深めに頷いた愛奈が、少し離れた場所にある事務机から、封筒を持ってきた。 「なんとか集めた写真と、調査した時に撮ってたものだそうです」  愛奈から封筒をもらうと、茉姫がさっそく開いて、写真を取り出す。中には三十枚ほどの写真があった。  最初の方は、新作発表会の途中の様子の写真。全体が見えるから、結構端から撮ったようだ。パーティー会場みたいな所で、人が集まっている。白いテーブルクロスがかけられた丸い机の上に、瓶のラムネが見える。何枚かめくると、壇上で男性がスピーチをしている写真が出てきた。これは結構近い。当たり前かと茉姫は思いつつ「これって……お父さん?」とその写真を愛奈に見せる。 「そうです」  優しそうな年配の男性だ。ロマンスグレー

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ04

 「人為的……そっか、それはそれで置いといて」 「置いとくですの?!」  茉姫はある一点を見つめていた。そして、懐から写真を取り出して、眺める。 「あの犬……そうだよね」 「んあですの?!」  こちらを眺めている犬と、写真とを見比べても、ほとんど違いが見つけられない。茶色毛のトイプードル。茉姫はニヤリと笑う。 「見つけた」 「あれですの?!」 「あれですの!」 「シッポ振ってやがるですの! くそ犬がですの!」  ルドルの怒りをよそに、茉姫はトイプードルに向かって走り出した。ルドルもその後ろに続く。それを見たトイプードルは、走り出した。 「逃げたですの! くぉらぁぁぁ待ちやがれですの!」 「ちょっと、怖がらせるような声出さないで! あとまた通報される!」 「むぬぬですの!」  声を出すのをやめたルドル。茉姫はそれを見てほっとする。怖がらせたらいけないのだ。これ鉄則。 「というか早いですの! それほど足が長くないのにですの!」 「動物だからね!」  逃げ続けるトイプードルは、意外と俊足で、茉姫たちとの距離を離していく。しかし、かなり距離があくと、スピードを落として、こちらを見ながら走り、またスピードをあげる。 「バカにしてるですの! あのくそ犬ですの!」 「怖がらせない!」 「きぃぃぃぃですの! 挟み撃ちにするですの!」 「まって!」 「んあですの?!」 「このまま追うよ!」 「この子猿! おバカですの?!」 「うっさい! 子猿じゃねぇ! いいから!」  茉姫の言葉に、ルドルは不満そうにしながらも黙る。たぶんこの子は。茉姫はそう予想を立てて、走り続けた。 ※ 「ごへっ、ごほっ、げほっ」  だいぶスピードも落ちていたが、ついに茉姫は、かなりヤバそうな咳き込み方をして、立ち止まった。トイプードルも立ち止まって、こちらを見ている。 「あのくそ犬ですの! というあなたも、だらしなさすぎですの!」  怒りながら、全然ケロッとしているルドルをよそに、茉姫は座り込む。茉姫のスピードが落ち始めて、トイプードルもスピードを落とした時に、ルドルはそのまま追おうとした。それを茉姫が止めたせいで、ルドルは怒りが収まらないようだ。ただ自分を置いて、ルドルだけに追わせる訳にいかない、と茉姫は考えて止めた。たぶんあの子は。そう茉姫は言いかけてむせる。 「何ですの?!」 「やっぱり……いいや、まずは…

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ03

  愛奈の強い思いが、感じられる言葉だった。ルドルが茉姫の肩に手を置く。 「ちょっと聞きたいですの……その発表会に来ていた外部の人を、疑っているですの?」 「……はい、そういう事になります」  事故ではないという事は、誰かがやったという事。つまり疑わないといけない。 「そういう事、しそうな人はいるですの?」  ルドルの言葉に、愛奈は悲しい表情をする。 「……いないです、いい人ばかりで」 「……それに、外部だけじゃなくて、従業員が故意に、破裂させた可能性もあるですの」 「……そうですね」  茉姫はルドルの言いたい事が、なんとなくわかる。 「あなたにとって、悲しい結果になるかもですの……わかってるですの?」 「はい」  パン、と茉姫は自分の太ももを叩いて「それならいい」と笑う。 「受けるよ……どっかの悪人がやったって、可能性もあるしね」 「ありがとうございます!」 ※  今日の所は愛奈を返して、また連絡するという事にした茉姫は、現在入っているペット探しのために、ルドルと街をうろついていた。 「まさかこんな探偵っぽい依頼が来るなんて! こういうの待ってたんだよ!」  茉姫はジワリと、驚きとか喜びが来るタイプで、今になって喜び始める。 「私が来てから、猫と犬ばっかりですの」  慣れた様子でルドルが、茉姫を眺めながら言った。すでに異世界からやってきたエルフなんていう、ファンタジー存在な雰囲気は微塵もなく、平然と現代の街をルドルは歩く。最初の頃は、いろんな物にビビりながら歩いていたのに、と茉姫は思いつつ、先ほどの約束を思い出す。 「ラムネ飲ませてあげる約束だったね」  目の前にコンビニが見えて、茉姫はそちらに向かって歩き出した。飲み物コーナーで、ペットボトルのラムネを見つけて購入すると、外に出てルドルに渡した。 「らむね……ですの」 「最初に言っとくけど、驚くと思うから気を付けて」  茉姫の言葉にルドルが頷く。ペットボトルは、すでに体験済みのルドルは、迷うことなく開封した。プシュッと炭酸が漏れる音がする。 「ですの!」  驚いたルドルは、ビクリと体を強張らせて、そう言った。しばらく様子を伺うように、ペットボトルの中をのぞいていたルドルが、ゆっくりと口にラムネを流し込む。 「苦ッ?! ?! 辛ッ?? ……甘い気がするですの」  顔全体に、ハテナマークが浮かんでいるルドル。混乱して

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ02

 「え?」  ワンニャン探偵(笑)の自覚が、メキメキと備わっていた茉姫は、自分に来る依頼は、ペット探しだけと思い込んでいた。しかし、愛奈はよくわからない、という顔をしている。 「依頼って?」  大人の余裕もへったくれも無い態度で、恐る恐る確認を取る茉姫。 「私の、実家である会社で起こった事故の、調査をお願いしたいんです」 「じじじじじ事故ですの?!」 「大丈夫?! 訪問先間違ってない?!」  茉姫とルドルは、信じられないという態度で慌てる。居黒探偵事務所が始まって以来の、ペット関係以外の依頼だった。 「え?! 間違ってないですけど……」  二人が変な態度をとったせいで、愛奈は心配になってきたのか、スマホをいじって、何かを確認したあと、茉姫を見つめる。 「ここって居黒探偵事務所ですよね?」 「ここは居黒探偵事務所だよ! じゃじゃじゃあ!」 「ここに依頼ですの!」 「ペット関係以外の依頼だ!」  茉姫とルドルは抱き合って、しばらく喜びに打ちひしがれていた。 ※ 「申し訳ない……取り乱した」  やっと落ち着いた茉姫とルドルが、少し引き気味の愛奈に向かって、頭を下げる。せっかく網にかかった魚を、逃すわけに行かない、と茉姫とルドルは愛奈の左右に座って、甘えた声を出した。 「それで……依頼ってなぁに」  茉姫は、愛奈の太ももを、人差し指でねじりながらつつく。 「気になるですのぉ」  反対側では、ルドルが愛奈にしなだれかかって、上目遣いで呟く。 「い……依頼は……ですね」  愛奈がヤバイ所に来てしまった、と後悔の念が入り混じる声で続ける。 「私の実家の、愛の音製菓で起こった事故の、調査なんですが……ちょっといいですか?!」 「なぁに?」 「なんですのぉ?」  それぞれの甘えた声とキョトン顔。 「近いです!」  愛奈が意を決してそう言った。 「嫌だった?! ごめん! 離れるから帰らないで!」 「そうですの! 帰らないで!」  かなりの素早さで、二人は愛奈の正面の席に戻る。 「帰らないので……安心してください、ここが最後の望みで」  愛奈は引いては、いたものの、すがるような瞳を、茉姫とルドルに向けていた。それを見た茉姫は、少し反省する。ちょっとふざけていた、と言わざる負えないが、それは良くなかった。愛奈はなにかあるようだ。二人は姿勢を正した。 「最後の望みって?」  ワントーン落とし

ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ01

  田舎というほど田舎ではなく、都会というほど都会でもない、中途半端な街の一角にある建物。一階には犬猫用のカットハウスが。二階には居黒探偵事務所がある。住居も兼ねたその事務所の寝室には、美女が気怠そうにベッドから立ち上がっていた。 「ふぅぅぅん……ですの」  寝起きのけだるさを、取り去るようにアクビを一つすると、美女はキラキラと、キレイな銀髪を整える為に手櫛を入れた。緩くウェーブのかかった銀髪から、チラリと少し長めのとんがった耳が見える。普段は髪に隠れて見えない耳は、彼女がこの世界に来てから、意識的に髪で隠すようになった。この世界では異質の存在、ハイエルフという種族であるため。バレればあまり良い事がないという判断だった。  彼女は寝間着代わりの、空色のカッターシャツに、黒のロングスカートを履く。それから、自らが起き出したベッドに潜り込んでいる、もう一人に声をかけた。 「起きるですの」  その声に、なんの反応も示さずグッスリと寝ている、もう一人の身体を揺らしながら、もう一度、声をかける。 「起きるですのぉ……無防備に寝てるとエッロイ事しちゃうですの」 「ひっ!」  異様な気配を感じて、もう一人は目を覚ます。ベッドから素早く飛び出して、警戒するように構えた。 「冗談ですの」  クスクスと笑う美女を、しばらく警戒していたもう一人は、ため息をついて、警戒を解く。 「驚くわ……おはよ、ルドル」 「おはようですの、茉姫」  ルドルは銀髪をなびかせて部屋を出ていく。茉姫がその姿を見送る。見惚れていた、と言ったほうが正しいか。 「くっそ、キレイだな」  茉姫はそうつぶやくと、寝間着代わりの、白のカッターシャツに、黒のジーンズを履いて部屋を出た。  二人は今日も探偵稼業に勤しむ。 ※  相変わらず、ウィスキーボトルに入れた麦茶を、茉姫はコップに注ぐ。 「キクね! ジャック君は!」  ただの麦茶を飲みほして、茉姫は言った。毎朝恒例の決め台詞を、ルドルはスルーして、茉姫に予定を確認する。 「今日も犬猫探しですの?」 「そうだよー」  茉姫はため息とともに、言葉を吐き出した。基本的に、下の階のペット用カットハウスの、常連のペット探しが主だった。金持ち達の、大いに甘やかされたバカ犬やバカ猫は、よく脱走するのだ。しかも、放っておけばいいものを、わざわざ大金はたいて、捜索を探偵に依頼する。このお

ハイエルフなのに変態で_プロローグ_03

  やっとの事、事務所の前に戻ってきた茉姫は、ため息をついた。警官に交番へ連れてかれそうになったものの、何とか回避して、適当な服を購入できた。 「疲れた……というか、エルフって」  もしかしたら疲れてて、幻覚でも見たかもしれない。中に入ったらもういないかも。そんな事を思いながら、茉姫は事務所の中に入った。 「おかえりですの」  ルドルはお行儀よくソファーで座っている。茉姫はルドルの頭や体をベタベタ触った。 「なっ……何するですの!」  少し顔を赤くしながら、さっと茉姫から距離を取ったルドルが続ける。 「自分からするのは良くてもされるのは……ですの!」  とても人間らしい反応と手触りとで、現実と確信した茉姫は、買ってきた服の紙袋を差し出しながら言った。 「とりあえずこれ、下着はさすがに適当には選べないから」 「した……ぎ?」  不思議そうに、たどたどしく言葉を繰り返したルドルを見て茉姫は思う。そういう習慣がないのだろうか。エルフというのは、ゲームやアニメとかの創作物に登場する種族と、茉姫は認識している。未開人。森の中で暮らす、あまり人と接しない種族。実現しているとは思わなかったが。そういうのに当てはまる気がする。 「これからどうしよう」  茉姫は思わず呟いてしまった。袋を開けて、服を取り出して、着ようとしているルドルが動きを止める。 「いきなり申し訳ないですの……魔法も封じられ、記憶を消して、立ち去る事も出来ないですの、言語理解の魔法だけは、最後にジジィどもにかけられて……魔法が解ける事はないから、それだけは安心ですの、でも本当にこれからどうすればですの」  ルドルがしょぼんとした表情を浮かべる。自業自得だと追い出すこともできるけど、茉姫の頭に一瞬そう過った。でもその考えを笑って一蹴する。 「いきなり笑ってどうしたですの?」 「ううん」  私は探偵だ。トラブルは大歓迎。茉姫はそう思う。 「これも何かの縁だ……うちに置いてあげるよ」  ルドルの表情がぱぁと明るくなる。 「本当ですの! ありがとうですの!」 「……珍獣ペットとしてね」 「キィー! 何ですの! この子猿! あなたの方がペットですの!」  そして取っ組み合いのケンカを二人は始めた。茉姫はルドルの、両頬を引っ張りながら思う。一人は寂しかったところだ、それに探偵と相棒はセットだしと。 ハイエルフなのに変態で_強炭

ハイエルフなのに変態で_プロローグ_02

 敵意は無いものの、落ちてきた女性は、戸惑いと不安に満ちた表情で茉姫を見た。茉姫はハッと息を飲む。変顔をやめたその顔は、恐ろしいほどに美しい。目はグレーで白目が真っ白。少し釣り目気味。鼻も顎も口もキレイな形だ。そうとしか言えないのが悔しいほど、キレイな形なのだ。髪は銀髪で少しウェーブがかったロング、肩にかかるくらいの長さ。流星群がついて回っているのか、と勘違いするほど太陽の光に照らされキラキラしている。体もとても美しい。豊満な胸にある、ピンクのグラデーション以外、一点の曇りもない、透き通るような白が全身を覆っている。グラマラスと言えばいいのか、肉と筋肉が適度についた体が、きっと男性には魅力的に見えそうだ。それに。 「耳が……長い?」  一般的な人間の耳より尖がっている。少し長めに見えるような。 「というか、誰?」  茉姫は当たり前な疑問を投げかけた。いきなりお尻から侵入してきた人間に、まず何なのか問いかけるべきだったのだが、茉姫は目の前の人物があまりにも美しく、見とれていたため遅れてしまった。 「ルドル・サクリーエ」 「ルドル……さん、日本語わかるみたいだね?」 「えぇ、わかりますの……いろいろありまして、失礼な態度を取ったですの、申し訳ありませんですの」  やっと戸惑いを押し込めて、絞り出したようにそう言ったルドルに、茉姫は安心した。訳が分からないが、とりあえず悪い子ではなさそうだ。 「私は居黒茉姫、とりあえず、この状況を説明してくれ……裸じゃ落ち着かないか」  よく考えなくても、その女性は裸だった。茉姫はとりあえず服を、と思う、しかし、明らかに、サイズが入らないような気がする。いや、入らない。考えた末、寝室からタオルケットを持ってきて渡す。 「ありがとうですの」  受け取ったタオルケットで、ルドルは体を覆う。まずは一安心と言った感じで、ルドルが表情を緩めた。 「地べたに裸じゃ冷えるよ、ソファー座って」 「ありがとうですの」  ソファーに腰かけたルドルを見て、茉姫も正面に座る。 「さて……状況の説明をお願いできる?」  こくりと頷いてルドルがポツポツと話し始めた。 「私は異世界に落とされた……罪人ですの」  少し抵抗があったのか、罪人と言う言葉にルドルはつまる。それでも続けて話していく。 「私はハイエルフで、法の番人でしたの、でも……下手うってしまって、異世界へと

ハイエルフなのに変態で_プロローグ_01

  探偵事務所の朝は早い。ここ居黒探偵事務所も例外ではない。住居も兼ねている、この事務所の奥にはベッドルームがあり、そこから一糸まとわぬ姿の女が、眠そうな表情を浮かべて出てきた。女は肩甲骨に少しかかるくらいの黒髪を揺らしながら、給湯スペースに向かう。揺れているのが髪だけじゃないか、描写不足だと、怒らないでいただきたい。この女に揺れる胸など無い。無い胸は揺れないのだ。  給湯スペースの冷蔵庫を開けると、ジャックダニエルのラベリングされた瓶がある。女がそれを取り出し、同時に食器棚のウィスキーグラスを掴み取ると、事務所エリアに戻る。 「ふあぁぁぁ」  アクビをかみ殺しつつ、女はグラスに琥珀色の液体を並々注ぐ。琥珀色が揺らめく、そのグラスを持ち上げ、朝日に照らして色の変化を楽しんだあと、飲み干した。 「くぁぁぁ、キクね、ジャック君は」  麦茶である。この女、煮出した麦茶を、わざわざウィスキーボトルに入れたのだ。探偵はバーボンかウィスキーを、ハードボイルドに嗜むものだと、若干偏った信念を持っているせいだった。 「さぁて、今日も命がけの探偵稼業に勤しむか!」  ちなみに、今日は迷子の猫と犬を探す依頼しかない。昨日までも、そんな類の依頼しか来ていない。命が危険にさらされたことなど、一度もない。地元で有名なワンニャン探偵(笑)と呼ばれている。または少年探偵wである。  この妄想癖があり、煮出した麦茶を、ウィスキーボトルに入れて喜んでいる、貧乳の残念な感じの女は、居黒茉姫(いぐろまき)。職業は探偵で、ここ居黒探偵事務所の主をしている。 ※  茉姫は依頼された猫探しと犬探しを、両方とも今日で片付けてしまおうと考え、朝早くに起きた。探偵らしからぬ仕事に、不本意を感じつつも、生活のために迷子のペット探しは断れない。ペット社会のおかげで需要が多い、その上、上手くいく仕事だ。となると、希望に沿わなくても、やらざる負えない。生活のため。なんと悲しきさだめかな。  それもこれも、どういう訳か動物に好かれる体質のせいだ、と茉姫は思った。犬と猫ばっかりで、もっとこう、探偵らしい仕事がほしい。体質ならトラブルを呼び込んで、解決できるなんて都合のいい名探偵体質がいい。 「服着よ」  とりあえず茉姫は、全裸でいるのも、なんだか恥ずかしいと思い、服を着始める。裸で寝るのは、ハードボイルドっぽいと思ったが。なん