ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ01

  田舎というほど田舎ではなく、都会というほど都会でもない、中途半端な街の一角にある建物。一階には犬猫用のカットハウスが。二階には居黒探偵事務所がある。住居も兼ねたその事務所の寝室には、美女が気怠そうにベッドから立ち上がっていた。

「ふぅぅぅん……ですの」

 寝起きのけだるさを、取り去るようにアクビを一つすると、美女はキラキラと、キレイな銀髪を整える為に手櫛を入れた。緩くウェーブのかかった銀髪から、チラリと少し長めのとんがった耳が見える。普段は髪に隠れて見えない耳は、彼女がこの世界に来てから、意識的に髪で隠すようになった。この世界では異質の存在、ハイエルフという種族であるため。バレればあまり良い事がないという判断だった。

 彼女は寝間着代わりの、空色のカッターシャツに、黒のロングスカートを履く。それから、自らが起き出したベッドに潜り込んでいる、もう一人に声をかけた。

「起きるですの」

 その声に、なんの反応も示さずグッスリと寝ている、もう一人の身体を揺らしながら、もう一度、声をかける。

「起きるですのぉ……無防備に寝てるとエッロイ事しちゃうですの」

「ひっ!」

 異様な気配を感じて、もう一人は目を覚ます。ベッドから素早く飛び出して、警戒するように構えた。

「冗談ですの」

 クスクスと笑う美女を、しばらく警戒していたもう一人は、ため息をついて、警戒を解く。

「驚くわ……おはよ、ルドル」

「おはようですの、茉姫」

 ルドルは銀髪をなびかせて部屋を出ていく。茉姫がその姿を見送る。見惚れていた、と言ったほうが正しいか。

「くっそ、キレイだな」

 茉姫はそうつぶやくと、寝間着代わりの、白のカッターシャツに、黒のジーンズを履いて部屋を出た。

 二人は今日も探偵稼業に勤しむ。

 相変わらず、ウィスキーボトルに入れた麦茶を、茉姫はコップに注ぐ。

「キクね! ジャック君は!」

 ただの麦茶を飲みほして、茉姫は言った。毎朝恒例の決め台詞を、ルドルはスルーして、茉姫に予定を確認する。

「今日も犬猫探しですの?」

「そうだよー」

 茉姫はため息とともに、言葉を吐き出した。基本的に、下の階のペット用カットハウスの、常連のペット探しが主だった。金持ち達の、大いに甘やかされたバカ犬やバカ猫は、よく脱走するのだ。しかも、放っておけばいいものを、わざわざ大金はたいて、捜索を探偵に依頼する。このおかげで、茉姫は仕事にあぶれなくて済むのだが。犬や猫はお腹が減れば、そのうち帰ってくるものだ。そう思い茉姫は、ため息を再度した。

「何か、ペット探しの依頼以外が来ないかな」

 茉姫が呟くと、ルドルが少し微笑んで言った。

「ワンニャン探偵(笑)が偉そうですの」

「うるせぇ!」

 いつものように、茉姫がルドルに飛び掛からんとした瞬間に、事務所の呼び鈴が鳴り響いた。ピタリと止まった二人は顔を見合わす。

「なんですの? 今受けてる依頼は、まだ期限じゃないですの」

 こんなに早く、見つけたかどうかの確認に来たのでは、と茉姫は少し焦り気味で、事務所の入り口に向かう。

「はーい」

 茉姫の声と共に、入り口が開けられた。開け放たれた扉の前には、黒髪の見るからにお嬢様な女性が、申し訳なさそうに立っていた。大いにペットを甘やかす、嫌味ったらしい金持ちババァとは違うし、依頼人の中に、この様な女性はいなかった。頭の中で、そう考えを巡らせた茉姫は、安心するように一息つくと、お嬢様に問いかける。

「どちら様?」

「あっ……あの」

 女性が口ごもる。一瞬だけ沈黙が流れて、意を決したように言った。

「探偵さんいますか?!」

「私がここの探偵ですよ?!」

 女性の言葉に、少しムッとした茉姫が、少し乱暴な言い方で答えた。見れば探偵とすぐ分かるだろうに。茉姫がそうプンスカする。

「え?! こんなに小さな子供が」

 女性が応接用のソファーに腰掛けて、居心地が悪そうにモゾモゾと何度か座り直す。原因は前に座っている茉姫にあった。先程から悪態をついて、ふんぞり返っている。

「こんな子供になんか用っすか?! ハッ」

 その悪態が、余計に女性を縮こませる。茉姫にとって、身長はコンプレックスだった。小学生レベルのその身長は、そのまま子供扱いにつながる。ましてや、最近になって行動を共にするようになったルドルが、大人の外国美女である為、隣にいる茉姫は、完全に探偵が預かっている子供だ。

「やめるですの」

 そう怒りながら、ルドルが茉姫の頭をはたく。

「申し訳ないですの」

 ニコリとルドルが微笑みかけると、女性が頬を赤らめた。ルドルめ、この子がタイプだな。そう察した茉姫は、ルドルの頭をはたいて、告げる。

「やめてよ」

 二人の睨み合いによって、さらに縮こまった女性が「あのー」と恐る恐る声をあげた。

「依頼をしたくて」

 女性は少し上目遣い気味に言った。

「そうだよね、ここに来る理由なんて、それくらい」

「申し訳ないですの」

「いえいえ!」

 ルドルの謝罪に、女性はそんな声をあげながら、両手を前に突き出して、思いっきり振る。

「とりあえず自己紹介しないとね……私は居黒茉姫」

「私はルドル・サクリーエ」

 二人の自己紹介に対して、女性は律儀にペコリと頭を下げてから、自己紹介を始める。

「私は高須愛奈(たかすあいな)です」

 愛奈が自己紹介をすると、茉姫とルドルは値踏みする様に、視線を巡らせる。これは若い子が、自分のペットを逃がしてしまい、私の評判を聞いてやってきたという所か。そう茉姫は自慢の推理を巡らせて、大人の余裕を醸し出すように言った。

「あなた、高校生くらいかな?」

「はい! 十八歳です!」

「お金はあるの……こっちも商売なもんでね」

「バイトで一生懸命貯めたお金が……」

「ふぅん……バイトね……まぁいいわ、それで犬? 猫?」

 茉姫が足を組んで、体を右に傾け、右手の人差し指を、右側のほっぺに当てて、そう聞く。精一杯の大人らしさ。セクシーさを醸し出す姿勢と、声だった。ルドルの「はぁぁ?」という視線を無視して。

 しかし、茉姫の予想とは違う返答が返ってきた。

「犬? 猫? なんの話でしょうか」


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