ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ01
田舎というほど田舎ではなく、都会というほど都会でもない、中途半端な街の一角にある建物。一階には犬猫用のカットハウスが。二階には居黒探偵事務所がある。住居も兼ねたその事務所の寝室には、美女が気怠そうにベッドから立ち上がっていた。
「ふぅぅぅん……ですの」
寝起きのけだるさを、取り去るようにアクビを一つすると、美女はキラキラと、キレイな銀髪を整える為に手櫛を入れた。緩くウェーブのかかった銀髪から、チラリと少し長めのとんがった耳が見える。普段は髪に隠れて見えない耳は、彼女がこの世界に来てから、意識的に髪で隠すようになった。この世界では異質の存在、ハイエルフという種族であるため。バレればあまり良い事がないという判断だった。
彼女は寝間着代わりの、空色のカッターシャツに、黒のロングスカートを履く。それから、自らが起き出したベッドに潜り込んでいる、もう一人に声をかけた。
「起きるですの」
その声に、なんの反応も示さずグッスリと寝ている、もう一人の身体を揺らしながら、もう一度、声をかける。
「起きるですのぉ……無防備に寝てるとエッロイ事しちゃうですの」
「ひっ!」
異様な気配を感じて、もう一人は目を覚ます。ベッドから素早く飛び出して、警戒するように構えた。
「冗談ですの」
クスクスと笑う美女を、しばらく警戒していたもう一人は、ため息をついて、警戒を解く。
「驚くわ……おはよ、ルドル」
「おはようですの、茉姫」
ルドルは銀髪をなびかせて部屋を出ていく。茉姫がその姿を見送る。見惚れていた、と言ったほうが正しいか。
「くっそ、キレイだな」
茉姫はそうつぶやくと、寝間着代わりの、白のカッターシャツに、黒のジーンズを履いて部屋を出た。
二人は今日も探偵稼業に勤しむ。
※
相変わらず、ウィスキーボトルに入れた麦茶を、茉姫はコップに注ぐ。
「キクね! ジャック君は!」
ただの麦茶を飲みほして、茉姫は言った。毎朝恒例の決め台詞を、ルドルはスルーして、茉姫に予定を確認する。
「今日も犬猫探しですの?」
「そうだよー」
茉姫はため息とともに、言葉を吐き出した。基本的に、下の階のペット用カットハウスの、常連のペット探しが主だった。金持ち達の、大いに甘やかされたバカ犬やバカ猫は、よく脱走するのだ。しかも、放っておけばいいものを、わざわざ大金はたいて、捜索を探偵に依頼する。このおかげで、茉姫は仕事にあぶれなくて済むのだが。犬や猫はお腹が減れば、そのうち帰ってくるものだ。そう思い茉姫は、ため息を再度した。
「何か、ペット探しの依頼以外が来ないかな」
茉姫が呟くと、ルドルが少し微笑んで言った。
「ワンニャン探偵(笑)が偉そうですの」
「うるせぇ!」
いつものように、茉姫がルドルに飛び掛からんとした瞬間に、事務所の呼び鈴が鳴り響いた。ピタリと止まった二人は顔を見合わす。
「なんですの? 今受けてる依頼は、まだ期限じゃないですの」
こんなに早く、見つけたかどうかの確認に来たのでは、と茉姫は少し焦り気味で、事務所の入り口に向かう。
「はーい」
茉姫の声と共に、入り口が開けられた。開け放たれた扉の前には、黒髪の見るからにお嬢様な女性が、申し訳なさそうに立っていた。大いにペットを甘やかす、嫌味ったらしい金持ちババァとは違うし、依頼人の中に、この様な女性はいなかった。頭の中で、そう考えを巡らせた茉姫は、安心するように一息つくと、お嬢様に問いかける。
「どちら様?」
「あっ……あの」
女性が口ごもる。一瞬だけ沈黙が流れて、意を決したように言った。
「探偵さんいますか?!」
「私がここの探偵ですよ?!」
女性の言葉に、少しムッとした茉姫が、少し乱暴な言い方で答えた。見れば探偵とすぐ分かるだろうに。茉姫がそうプンスカする。
「え?! こんなに小さな子供が」
※
女性が応接用のソファーに腰掛けて、居心地が悪そうにモゾモゾと何度か座り直す。原因は前に座っている茉姫にあった。先程から悪態をついて、ふんぞり返っている。
「こんな子供になんか用っすか?! ハッ」
その悪態が、余計に女性を縮こませる。茉姫にとって、身長はコンプレックスだった。小学生レベルのその身長は、そのまま子供扱いにつながる。ましてや、最近になって行動を共にするようになったルドルが、大人の外国美女である為、隣にいる茉姫は、完全に探偵が預かっている子供だ。
「やめるですの」
そう怒りながら、ルドルが茉姫の頭をはたく。
「申し訳ないですの」
ニコリとルドルが微笑みかけると、女性が頬を赤らめた。ルドルめ、この子がタイプだな。そう察した茉姫は、ルドルの頭をはたいて、告げる。
「やめてよ」
二人の睨み合いによって、さらに縮こまった女性が「あのー」と恐る恐る声をあげた。
「依頼をしたくて」
女性は少し上目遣い気味に言った。
「そうだよね、ここに来る理由なんて、それくらい」
「申し訳ないですの」
「いえいえ!」
ルドルの謝罪に、女性はそんな声をあげながら、両手を前に突き出して、思いっきり振る。
「とりあえず自己紹介しないとね……私は居黒茉姫」
「私はルドル・サクリーエ」
二人の自己紹介に対して、女性は律儀にペコリと頭を下げてから、自己紹介を始める。
「私は高須愛奈(たかすあいな)です」
愛奈が自己紹介をすると、茉姫とルドルは値踏みする様に、視線を巡らせる。これは若い子が、自分のペットを逃がしてしまい、私の評判を聞いてやってきたという所か。そう茉姫は自慢の推理を巡らせて、大人の余裕を醸し出すように言った。
「あなた、高校生くらいかな?」
「はい! 十八歳です!」
「お金はあるの……こっちも商売なもんでね」
「バイトで一生懸命貯めたお金が……」
「ふぅん……バイトね……まぁいいわ、それで犬? 猫?」
茉姫が足を組んで、体を右に傾け、右手の人差し指を、右側のほっぺに当てて、そう聞く。精一杯の大人らしさ。セクシーさを醸し出す姿勢と、声だった。ルドルの「はぁぁ?」という視線を無視して。
しかし、茉姫の予想とは違う返答が返ってきた。
「犬? 猫? なんの話でしょうか」
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