ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ02

 「え?」

 ワンニャン探偵(笑)の自覚が、メキメキと備わっていた茉姫は、自分に来る依頼は、ペット探しだけと思い込んでいた。しかし、愛奈はよくわからない、という顔をしている。

「依頼って?」

 大人の余裕もへったくれも無い態度で、恐る恐る確認を取る茉姫。

「私の、実家である会社で起こった事故の、調査をお願いしたいんです」

「じじじじじ事故ですの?!」

「大丈夫?! 訪問先間違ってない?!」

 茉姫とルドルは、信じられないという態度で慌てる。居黒探偵事務所が始まって以来の、ペット関係以外の依頼だった。

「え?! 間違ってないですけど……」

 二人が変な態度をとったせいで、愛奈は心配になってきたのか、スマホをいじって、何かを確認したあと、茉姫を見つめる。

「ここって居黒探偵事務所ですよね?」

「ここは居黒探偵事務所だよ! じゃじゃじゃあ!」

「ここに依頼ですの!」

「ペット関係以外の依頼だ!」

 茉姫とルドルは抱き合って、しばらく喜びに打ちひしがれていた。

「申し訳ない……取り乱した」

 やっと落ち着いた茉姫とルドルが、少し引き気味の愛奈に向かって、頭を下げる。せっかく網にかかった魚を、逃すわけに行かない、と茉姫とルドルは愛奈の左右に座って、甘えた声を出した。

「それで……依頼ってなぁに」

 茉姫は、愛奈の太ももを、人差し指でねじりながらつつく。

「気になるですのぉ」

 反対側では、ルドルが愛奈にしなだれかかって、上目遣いで呟く。

「い……依頼は……ですね」

 愛奈がヤバイ所に来てしまった、と後悔の念が入り混じる声で続ける。

「私の実家の、愛の音製菓で起こった事故の、調査なんですが……ちょっといいですか?!」

「なぁに?」

「なんですのぉ?」

 それぞれの甘えた声とキョトン顔。

「近いです!」

 愛奈が意を決してそう言った。

「嫌だった?! ごめん! 離れるから帰らないで!」

「そうですの! 帰らないで!」

 かなりの素早さで、二人は愛奈の正面の席に戻る。

「帰らないので……安心してください、ここが最後の望みで」

 愛奈は引いては、いたものの、すがるような瞳を、茉姫とルドルに向けていた。それを見た茉姫は、少し反省する。ちょっとふざけていた、と言わざる負えないが、それは良くなかった。愛奈はなにかあるようだ。二人は姿勢を正した。

「最後の望みって?」

 ワントーン落とした声で、茉姫が問う。

「じつはここに来る前……いろいろな探偵さんの所に行って、調査をお願いしたんです」

「もしかして全部断られたですの?」

「……はい」

 苦いものを飲み込むような表情で、愛奈が続ける。

「警察が事故と結論付けられたものを、わざわざ掘り返すのは……って」

「そっかぁ……警察がねぇ」

「ここもやっぱり?」

 茉姫のつぶやきに、いち早く反応した愛奈は、少し諦めの色を瞳に宿らせていた。どれくらいの数の探偵を頼ったかわからないが、ほとんど詳しく話を、聞いてもらうことさえ、してもらえなかったんだろう。茉姫は愛奈の表情を見てそう思った。

「とりあえず詳しく話を聞かせてよ」

 愛奈の表情が、ぱっと明るくなった。それだけで、今まで訪ねてきた探偵に、邪険に扱われてきたかわかる。

「ありがとうございます」

 頭を下げながら、愛奈がお礼をすると、顔をあげて強めの声で続けた。

「事故と言いましたが、私は事故と思えないんです、だから調査をお願いしたくて」

「気持ちはわかったよ……まぁ、その前に事故の詳細を……ね?」

 強い気持ちが前に出すぎて、自分の結論だけ、話してしまった愛奈が、少し顔を赤くしながら、事故について語り始めた。

「事故は三年前の、七月七日に起こりました、愛の音製菓の新作の、瓶入りラムネの発表会中にです」

「ほぉ……瓶のラムネって、このご時世に」

「はい、コンセプトは、懐かしい瓶入りのラムネを、親子そろって楽しんでほしいというものでした」

「なるほどねぇ、私たちは、ペットボトル世代だから、新鮮さがあって、私たちの世代にもいいかも」

 茉姫は同意を求めるように、愛奈に視線を送る。愛奈は「新鮮です」と微笑んだ。

「少し話がずれますが、ペットボトル世代って、茉姫さんは……おいくつですか? 二十代?」

「二十五歳だよ」

 子供に間違えられる事が多い茉姫は、この質問に慣れていた。歳がわかり辛いのだ。当然と言えば当然。そして愛奈は、ルドルの方を見て、何も言わずに茉姫に視線を戻す。ルドルは外見年齢は、二十七から三十歳くらいに見える。聞く必要もないと、判断したのだろう。実際はウン百歳だが。

「ところで……らむ……ね? ってなんですの?」

 たまらなくなって、ルドルが口を開く。

「あっ、外国の方はわかりませんね……持ってこればよかった」

 申し訳なさそうに呟く愛奈に、茉姫は「気にしなくていいよ」手で制する。

「あとで、買ってあげる」

 茉姫が言うと「お願いですの……続きをどうぞですの」とルドルが続きを促す。

「さぁ続きをお願い」

「はい……新作発表会には、たくさんの人たちが来ていて、新作のラムネが振舞われていました」

 一瞬、愛奈が言葉をつまらせながら、すぐに言葉を続ける。

「そして、その新作ラムネの一つが……突然、破裂したんです」

「破裂?」

「爆発ですの?」

「……はい」

 瓶のラムネが、破裂したという事は、相当の事だろう。もう考えられることは一つしかない。そう考えた茉姫はその考えを口に出した。

「製造中のミス?」

「……そう結論付けられました」

 納得していない様子で、愛奈が言った。最初に言った事と繋がった。事故とは思えない。ミスとは思えないという事だ。茉姫がそう考えながら顎を手でなぞる。

「破裂の原因は?」

「原因を調査したら、破裂した瓶だけ炭酸ガスが多量封入されたのではということです」

「まぁ、それしかないよね」

「その事故で、誰もケガはしていませんが、プロジェクトはナシになり、社長は責任を取って辞任しました」

 一瞬、沈黙が流れる。茉姫はどうしようかと悩んだ。製造中のミス。それ以外となると、人為的に破裂させられた事になる。言い淀んでいた茉姫へ、懇願する様に愛奈が声をあげる。

「お父さんが……社長が従業員の皆がこんなミスするとは思えないんです!」


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