ハイエルフなのに変態で_プロローグ_02

 敵意は無いものの、落ちてきた女性は、戸惑いと不安に満ちた表情で茉姫を見た。茉姫はハッと息を飲む。変顔をやめたその顔は、恐ろしいほどに美しい。目はグレーで白目が真っ白。少し釣り目気味。鼻も顎も口もキレイな形だ。そうとしか言えないのが悔しいほど、キレイな形なのだ。髪は銀髪で少しウェーブがかったロング、肩にかかるくらいの長さ。流星群がついて回っているのか、と勘違いするほど太陽の光に照らされキラキラしている。体もとても美しい。豊満な胸にある、ピンクのグラデーション以外、一点の曇りもない、透き通るような白が全身を覆っている。グラマラスと言えばいいのか、肉と筋肉が適度についた体が、きっと男性には魅力的に見えそうだ。それに。

「耳が……長い?」

 一般的な人間の耳より尖がっている。少し長めに見えるような。

「というか、誰?」

 茉姫は当たり前な疑問を投げかけた。いきなりお尻から侵入してきた人間に、まず何なのか問いかけるべきだったのだが、茉姫は目の前の人物があまりにも美しく、見とれていたため遅れてしまった。

「ルドル・サクリーエ」

「ルドル……さん、日本語わかるみたいだね?」

「えぇ、わかりますの……いろいろありまして、失礼な態度を取ったですの、申し訳ありませんですの」

 やっと戸惑いを押し込めて、絞り出したようにそう言ったルドルに、茉姫は安心した。訳が分からないが、とりあえず悪い子ではなさそうだ。

「私は居黒茉姫、とりあえず、この状況を説明してくれ……裸じゃ落ち着かないか」

 よく考えなくても、その女性は裸だった。茉姫はとりあえず服を、と思う、しかし、明らかに、サイズが入らないような気がする。いや、入らない。考えた末、寝室からタオルケットを持ってきて渡す。

「ありがとうですの」

 受け取ったタオルケットで、ルドルは体を覆う。まずは一安心と言った感じで、ルドルが表情を緩めた。

「地べたに裸じゃ冷えるよ、ソファー座って」

「ありがとうですの」

 ソファーに腰かけたルドルを見て、茉姫も正面に座る。

「さて……状況の説明をお願いできる?」

 こくりと頷いてルドルがポツポツと話し始めた。

「私は異世界に落とされた……罪人ですの」

 少し抵抗があったのか、罪人と言う言葉にルドルはつまる。それでも続けて話していく。

「私はハイエルフで、法の番人でしたの、でも……下手うってしまって、異世界へと流罪になったですの」

 茉姫はごくりと生唾を飲み込む。何か陰謀か、覇権争いで負けてしまったのだろうか。

「下手をうったって?」

 恐る恐る茉姫はルドルに問う。頭を抱えるようにして、ルドルがプルプルと震えた。

「法の番人として、罪を犯した女の子には念入りにお仕置きして、男は適当に死刑にしてたら、職権乱用って里の皆が裏切ったですの!」

 先ほどのルドルが、プルプル震えていたのは、怒りによるものらしい。不当な怒りだが。茉姫は表情に、軽蔑の色が思いっきり出てしまった。

「その顔やめろですの! 里のジジィどもも同じ顔したですの! ふざけるなですの!」

「いや……それ、ルドル……さ」

 茉姫は一瞬考えて、さん付けをやめる。さん付けの価値なし。

「ルドルが悪いよね」

「キィー! このお猿! 頭もお猿ですの!」

「お猿ちゃうわ! この変態!」

 茉姫はルドルに掴みかかると、取っ組み合いのケンカに発展。コロコロと転がりながら勝負が繰り広げられる。同低レベルと言わざるを得ない展開となった。

「はぁはぁ」

 二人が肩で息をしながら、どれだけこの戦いが不毛かを悟ったようで、床に二人で座り込んで見つめ合っていた。しばらくすると茉姫が吹き出して笑ったかと思うと、ルドルもつられて笑う。

「……とりあえず服」

 もう一回、目測でルドルの体と自分の体を比較する。胸が入らない。それを再確認して茉姫は心を抉られながら言った。

「……買ってくる」

「あっ、私……何もかわりに差し上げるものが」

「……ふふっ、ルドル、いい子だね、これも何かの縁さ、私に任せなさい」

「ありがとう……ですの」

 ルドルが、おずおずとそう言ったのを聞いた茉姫が、少し笑ったあと、事務所の出口を出る。出る瞬間に振り向かず、右手を一回振った。

 服と言っても、そんなに高いのも買えないし、安めの量販店に。そう思いながら、茉姫は歩を進める。空が青くて、天気がいい。チュンチュンと鳥の声が聞こえてくる。公園では子供が遊びまわって、お母さんたちが円になって話し込んでいるようだ。今日も平和だ。そんな事を思い、茉姫が微笑む。ペット探ししか舞いこまないのは、街にとっては良い事だ。自分にとっては大問題だが。茉姫は苦笑する。

「ふぅー」

 茉姫がふと立ち止まる。少しあったかくなってきた三月の終わり、それでもまだ少し寒い時がある。というか。

「はぁぁぁぁ?! エルフゥゥゥゥゥ?! ちょっ、え?! 何もない空間から突然?! は?! はぁぁぁ?!」

 ジワリとやってきた驚きが、茉姫を襲うのだった。


「えー、ただいま通報のあった不審者と接触、職質中、不審者情報との照合願う」

 制服を着た警官が一人、茉姫に背を向けて、無線で通信している。

「それで君、何してたの? ん? 仕事は? あれ? 女子高生かな?」

「大人ですよぉ、やだなぁ、おまわりさん、そこで探偵やってる者でぇ」

 茉姫が媚びるような甘えた声で、事情を聞いてくる警官にすり寄った。警官は茉姫の顔を手で押さえ、それ以上近づいてこないようにする。

「ふーん、で、何してたの、公園の前で騒いでる、変な女がいるって通報あったよ」

「いやぁぁ、ちょっとね? 探偵として、今の世の中にできる事はないのかって……」

 茉姫と警官の攻防が続く。


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