ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ05
翌日、茉姫とルドルは愛の音製菓へ来ていた。
「ここがねぇ」
愛奈が玄関で出迎えてくれていた。二人は挨拶をすると早速、愛奈について中に入る。それほど大きい会社ではない。中小企業といった感じで、事務所と工場が併設されている。両方とも一階建ての建物だ。まずは事務所の方に招き入れられた。
「今日はありがとうございます」
事務所の応接セットを勧められて、愛奈の挨拶に「いえいえ」と言いつつ、茉姫とルドルは並んで座る。
「さっそくだけど……」
「探偵ですか……そんな物に依頼して」
茉姫の言葉を遮るように不機嫌な声が降ってくる。声のした方を、二人が見ると、生真面目そうに、きっちりスーツを着込んだ五十代くらいの男性が立っていた。
「お嬢さん、無駄なお金を使うくらいなら、勉強してはどうですか?」
「無駄ではありません」
愛奈も不機嫌な声で返事をした。男性は少しため息をついたあと、茉姫とルドルを見て言う。
「江原弥彦です、現在は実質、社長代理……ですね」
江原はそれだけ言うと、愛奈をチラリと視線を送って、行ってしまった。
「嫌な奴ですの」
「こら」
ルドルが怖気なく悪口を言うのを、茉姫は注意する。すぐに「私も思ったけど」と、茉姫はルドルにだけ聞こえる様に呟く。
「すみません……前はあんな感じではなかったんです、事件の後くらいから、なんだか変わってしまって」
申し訳なさそうに愛奈が謝る。それにしても嫌なやつだ。茉姫はそう思いつつ、話を再開した。
「さっそく……まずは映像とか写真はあったかな」
「はい……映像は無かったんですが、写真なら」
一度深めに頷いた愛奈が、少し離れた場所にある事務机から、封筒を持ってきた。
「なんとか集めた写真と、調査した時に撮ってたものだそうです」
愛奈から封筒をもらうと、茉姫がさっそく開いて、写真を取り出す。中には三十枚ほどの写真があった。
最初の方は、新作発表会の途中の様子の写真。全体が見えるから、結構端から撮ったようだ。パーティー会場みたいな所で、人が集まっている。白いテーブルクロスがかけられた丸い机の上に、瓶のラムネが見える。何枚かめくると、壇上で男性がスピーチをしている写真が出てきた。これは結構近い。当たり前かと茉姫は思いつつ「これって……お父さん?」とその写真を愛奈に見せる。
「そうです」
優しそうな年配の男性だ。ロマンスグレーのなかなかイケメン。数枚スピーチの写真が続く。
そして、次に割れた瓶が写った写真が出てくる。ここからは調査の時の写真の様だ。
「愛奈さんはここに……破裂した時はいたの?」
茉姫が愛奈をジッと見つめる。そうして聞いていると、ルドルが茉姫の手から、写真をひったくった。
「もぅ……どう? いた?」
「いえ……いなかったです」
「そっかぁ」
茉姫はルドルを見ると、割れた瓶のアップの写真を見つめていた。
「これはペットボトルじゃないとすると、どう開けるですの?」
「え? あぁ、ここのね、ビー玉……透明の玉があるでしょ? それを押すの」
茉姫が写真を指差して言った。写真の瓶は、真ん中あたりが破裂していて、口部分のプラスチックと一緒に、ガラスの残骸と写っている。口がビー玉で詰まっている状態だった。
「未開封……か」
茉姫が呟く。開いてないんじゃあ、選択肢が限りなく狭まる。ミスか、人為的なら、製造中にわざと、炭酸ガスの量を間違えたか。犯行時間はかなり前。茉姫の頭の中でいろいろ巡った。
「これは、開封してない状態ですの?」
「そういう事」
「……そうですの」
写真を眺めてルドルが、悩んでいるようだ。
「どうしたの?」
「いえ……未開封で、どう破裂させたのか、考えてたですの」
ルドルはやはり、発表会中に細工され破裂したと考えているらしい。
「無理じゃないかな、カラス瓶だし、小さい穴を開けて、そこからガスを入れるのも難しそうだし」
愛奈が複雑な表所を浮かべる。事故だとは思えないと依頼はしたものの、人為的なら、身内を疑う事なのだ。たぶん覚悟はしていたが、目の前でやられるとどうしたらいいか、わからない。そんな感じだろうと、茉姫は思う。
茉姫は愛奈の前で疑うための推理をするのは良くないなと思い、話を変えるように言った。
「……現場を見せてもらうことはできる?」
「現場は無理でした、レンタルイベントスペースだったみたいで、すみません」
愛奈は申し訳なさそうに頭を下げる。慌てて、いいよいいよと両手を振る茉姫。
「じゃあ、話を聞いていこうかな……ルドルはそれでいい?」
「んあっですの……それでいいですの」
写真を、食い入るように見ていたルドルが、一瞬、体をビクリと強張らせて、反応した。
「じゃあ、話をしてくれる、と言ってくれた人だけですけど」
申し訳なさそうに愛奈がそう言って、席を立った。その隙を見て、茉姫はルドルに耳打ちする。
「何を聞いたらいいかな、正直どうしたらいいか」
ルドルがすごい顔で茉姫を見て「結局、ワンニャン探偵(笑)がお似合いですの」と鼻で笑った。茉姫はグゥと言わざる負えない。
強炭酸はガラスを穿つ06へ続きます。
拝読させていただきました!
返信削除茉姫とルドルのやり取りが軽妙で素敵でした。
中年男性を「ロマンス・グレー」と表現する言葉遣いにしびれました。