ハイエルフなのに変態で_プロローグ_01

  探偵事務所の朝は早い。ここ居黒探偵事務所も例外ではない。住居も兼ねている、この事務所の奥にはベッドルームがあり、そこから一糸まとわぬ姿の女が、眠そうな表情を浮かべて出てきた。女は肩甲骨に少しかかるくらいの黒髪を揺らしながら、給湯スペースに向かう。揺れているのが髪だけじゃないか、描写不足だと、怒らないでいただきたい。この女に揺れる胸など無い。無い胸は揺れないのだ。

 給湯スペースの冷蔵庫を開けると、ジャックダニエルのラベリングされた瓶がある。女がそれを取り出し、同時に食器棚のウィスキーグラスを掴み取ると、事務所エリアに戻る。

「ふあぁぁぁ」

 アクビをかみ殺しつつ、女はグラスに琥珀色の液体を並々注ぐ。琥珀色が揺らめく、そのグラスを持ち上げ、朝日に照らして色の変化を楽しんだあと、飲み干した。

「くぁぁぁ、キクね、ジャック君は」

 麦茶である。この女、煮出した麦茶を、わざわざウィスキーボトルに入れたのだ。探偵はバーボンかウィスキーを、ハードボイルドに嗜むものだと、若干偏った信念を持っているせいだった。

「さぁて、今日も命がけの探偵稼業に勤しむか!」

 ちなみに、今日は迷子の猫と犬を探す依頼しかない。昨日までも、そんな類の依頼しか来ていない。命が危険にさらされたことなど、一度もない。地元で有名なワンニャン探偵(笑)と呼ばれている。または少年探偵wである。

 この妄想癖があり、煮出した麦茶を、ウィスキーボトルに入れて喜んでいる、貧乳の残念な感じの女は、居黒茉姫(いぐろまき)。職業は探偵で、ここ居黒探偵事務所の主をしている。

 茉姫は依頼された猫探しと犬探しを、両方とも今日で片付けてしまおうと考え、朝早くに起きた。探偵らしからぬ仕事に、不本意を感じつつも、生活のために迷子のペット探しは断れない。ペット社会のおかげで需要が多い、その上、上手くいく仕事だ。となると、希望に沿わなくても、やらざる負えない。生活のため。なんと悲しきさだめかな。

 それもこれも、どういう訳か動物に好かれる体質のせいだ、と茉姫は思った。犬と猫ばっかりで、もっとこう、探偵らしい仕事がほしい。体質ならトラブルを呼び込んで、解決できるなんて都合のいい名探偵体質がいい。

「服着よ」

 とりあえず茉姫は、全裸でいるのも、なんだか恥ずかしいと思い、服を着始める。裸で寝るのは、ハードボイルドっぽいと思ったが。なんだか落ち着かず寝れなかった。寝れなかった事をごまかす様に、もう一度あくびをすると、茉姫は紺色のポロシャツに黒のジーンズを身に着けた。

「む……」

 姿見がふと茉姫の目に止まる。自分の姿を見て茉姫はため息をついた。小学校低学年で身長が百四十七センチまで伸びた。もしかしてモデルの様な長身になれるかと思ったら、成長がピタリと止まった。胸に関しては成長自体していない。特徴がないと茉姫は思う。何という平凡。普通。ハードボイルドには程遠い。非日常的な探偵には程遠い。

「はぁ」

 茉姫がため息をつきながら、事務所エリアの机に向かう。依頼人が訪ねてくる事務所のため、申し訳程度に置いた応接セットが真ん中にある、それから部屋の端に事務机。自分自身が平凡ならせめて飾り……自らの周りは特徴的にしたい。だからいつか、ソファの応接セットと、なんかカッコイイ事務机にしてやろうと茉姫は思った。

 次の瞬間、信じられない事が起きた。応接セットの真ん中の机のちょうど上。茉姫が見上げた位置くらいに白い物体が突如現れた。空間に浮いている。よく見ると真っ白なお尻だった。

「あっれぇ、私疲れてるのかな、お尻が浮いてる」

 よく見てみると空間に穴が開いており、そこから落ちないように、踏ん張っている様な感じだ。例えるなら浮輪の穴に、お尻をはめているみたいな。浮輪が予想外に大きくて、穴から落ちてしまいそうだから、つかまっているといった具合だ。

「引き締まったお尻だな、でも肉もついててグラマーなお尻だ」

 茉姫はお尻をまじまじと観察していた。夢ならせっかくだから、がっつり見てやろうと茉姫は思う。

「------っ! ------!」

「何か声が聞こえる」

 お尻がハマっている空間の先の方から、声がかすかに聞こえる。何かを訴えているような。

「なんかさっきより、出てる部分が多くなった」

 さっきまで、お尻だけだったが、背中の半分と太ももの裏側が、半分くらい見えてる。

「------ですの!」

 声が聞こえた。驚くほどキレイな声だった。お尻もキレイだが声もキレイだ。

 しばらく眺めていた茉姫だか少しずつ、この謎の現象に疑問をいだき始めていた。二十五年生きてきて、まだまだイケイケな茉姫だが、未だかつてこんなキレイなお尻と、こんな謎の現象のコラボレーションを、目にした事はない。どちらか片方だけなら、見た事あるというわけでもない。だからこそだったかもしれない。恐れよりも好奇心が勝利した茉姫は、思わずお尻を撫でてみた。

「ひゃんっ!」

 キレイであり、可愛らしくもある声とともに、お尻が一瞬強張った。

「ヤバイですの! 下に野獣がいるですの! 落ちた瞬間、凌辱の限りを尽くされてしまうですの! いったん、一旦仕切り直しをしましょう!」

 野獣とか呼ばれつつ、茉姫は手を止めずに撫で続ける。しっとりとしたお餅のように柔らかく、しかし指が吸い付かれるようである。手触りが抜群に良いのだ。

「ヤバイですの! 落ちてくるのを、今か今かと待ち構えているですの! マジで!」

 すでに首と膝の裏側まで見えている。野獣ではないが、茉姫は落ちるのを、今か今かと待ち構えていた。

「ですの!」

 ついにその時が来た。今まで必死で穴にしがみついていたのが、落ちてきたのだ。落ちた時の悲鳴としてどうなの、と思いつつ茉姫はお尻の持ち主の顔を覗き込む。

「違いますの! 私、エッチな事されると、こんなブサイクになりますの! こんなですの!」

 落ちてきて一番に、その人物は変顔を作り、必死で意味の分からない主張をした。ちょっと面白くなった茉姫は、ついつい笑ってしまう。それに気づいた落ちてきた人物はキョトンとしながらつぶやいた。

「野獣じゃないですの……子猿?」

「違うわ!」


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