ハイエルフなのに変態で_強炭酸はガラスを穿つ04

 「人為的……そっか、それはそれで置いといて」

「置いとくですの?!」

 茉姫はある一点を見つめていた。そして、懐から写真を取り出して、眺める。

「あの犬……そうだよね」

「んあですの?!」

 こちらを眺めている犬と、写真とを見比べても、ほとんど違いが見つけられない。茶色毛のトイプードル。茉姫はニヤリと笑う。

「見つけた」

「あれですの?!」

「あれですの!」

「シッポ振ってやがるですの! くそ犬がですの!」

 ルドルの怒りをよそに、茉姫はトイプードルに向かって走り出した。ルドルもその後ろに続く。それを見たトイプードルは、走り出した。

「逃げたですの! くぉらぁぁぁ待ちやがれですの!」

「ちょっと、怖がらせるような声出さないで! あとまた通報される!」

「むぬぬですの!」

 声を出すのをやめたルドル。茉姫はそれを見てほっとする。怖がらせたらいけないのだ。これ鉄則。

「というか早いですの! それほど足が長くないのにですの!」

「動物だからね!」

 逃げ続けるトイプードルは、意外と俊足で、茉姫たちとの距離を離していく。しかし、かなり距離があくと、スピードを落として、こちらを見ながら走り、またスピードをあげる。

「バカにしてるですの! あのくそ犬ですの!」

「怖がらせない!」

「きぃぃぃぃですの! 挟み撃ちにするですの!」

「まって!」

「んあですの?!」

「このまま追うよ!」

「この子猿! おバカですの?!」

「うっさい! 子猿じゃねぇ! いいから!」

 茉姫の言葉に、ルドルは不満そうにしながらも黙る。たぶんこの子は。茉姫はそう予想を立てて、走り続けた。

「ごへっ、ごほっ、げほっ」

 だいぶスピードも落ちていたが、ついに茉姫は、かなりヤバそうな咳き込み方をして、立ち止まった。トイプードルも立ち止まって、こちらを見ている。

「あのくそ犬ですの! というあなたも、だらしなさすぎですの!」

 怒りながら、全然ケロッとしているルドルをよそに、茉姫は座り込む。茉姫のスピードが落ち始めて、トイプードルもスピードを落とした時に、ルドルはそのまま追おうとした。それを茉姫が止めたせいで、ルドルは怒りが収まらないようだ。ただ自分を置いて、ルドルだけに追わせる訳にいかない、と茉姫は考えて止めた。たぶんあの子は。そう茉姫は言いかけてむせる。

「何ですの?!」

「やっぱり……いいや、まずは……小次郎く~ん」

 茉姫がそう声をあげると、小次郎と呼ばれたトイプードルが、嬉しそうにシッポを振って、茉姫たちの方に走ってくる。

「なっですの?!」

「よしよしよし」

 そう言いながら、茉姫が小次郎を撫でる。だいぶ回復してきたようで、茉姫は立ち上がった。小次郎はシッポを振ったまま、立ち上がった茉姫の顔を見つめる。

「どういうですの?!」

「ははっ、この子はただ、思いっきり走りたかっただけ、遊んでたの」

「遊ぶですの?!」

「たぶんだけど、この子ずっと、抱っこされてるか、乳母車みたいなのに乗せられて、散歩させられてたんだよ……それで走り回りたくて脱走した」

 その言葉を聞いて、ルドルは口をパクパクさせていた。

「まぁ……これで一匹、確保」

 茉姫は、親指を立てて、そう言った。

 茉姫とルドルは、小次郎を捕まえた後、さらに、もう一匹、捜索依頼されていた猫のチャコを捕まえて、依頼人に引き渡した。そして、夕方頃に事務所に戻ってきていた。茉姫とルドルが、応接セットのソファーに向かい合って座って、くつろいでいた。

「頑張ったから、早く見つかったね」

「なんか納得いかんですの」

 不満そうに、ルドルが言った。小次郎もそうだったが、チャコも茉姫の思い通りに事が進んだ。茉姫は満足そうに微笑む。

「ムフフ、ここは私の独壇場よ……私の右に出る者なし」

 結構負けず嫌いなんだな。茉姫はルドルを見ながら、そんな事を考える。エルフというのは、もっと冷静で落ち着いてて、そんなのを想像していた。

「さて、それはそれで……これでラムネ事件に取りかかれるよ」

「むあっですの、忘れてたですの!」

 太ももを、パンと両手で打ち鳴らして、ルドルが叫び気味で言った。

「それでどうするですの?」

「今まから愛奈ちゃんに連絡して、手配してもらわないと」

「現場を見に行けるようにと、関係者に話を聞けるように、ですのね」

「そそ、ビデオとか写真とかもね」

 茉姫は愛奈に電話をかける。しばらく呼び出しが続いて、愛奈が出た。

「茉姫です……他の依頼が片付いたので、そちらの調査を始めたいと思って」

『あっありがとうございます!』

 電話越しでも、笑顔になったのがわかる声。

「さっそくだけど、お願いしたい事があってね、現場を見える様にしてほしいのと、関係者に話を聞けるように、新作発表会の映像とか写真とかあったら、用意しておいてほしい……明日、行きたい」

 茉姫の要望に、愛奈はウンウンと相づちしている。メモを取っているような音が聞こえた。しばらくすると『わかりました』と返ってくる。

「言っといてなんだけど、明日で大丈夫?」

『はい……明日に必ず! さっそく各所にお願いしますので……何時に来られますか?』

「じゃあ朝九時で」

『お待ちしています!』

 元気のいい声で、愛奈が言うと電話が切れる。ルドルが電話を切った茉姫の顔をジッと見ていた。

「大丈夫、各所に話を通してくれるって」

「そうですの」

 ドキドキとしてくる茉姫。何気に初めての動物関係以外の依頼だった。どうすればいいか、頭の中でシミュレーションしている。ふとルドルに目を向けると、何かを考える様に、顎に手を当てていた。

「どうしたの?」

「人為的なら、どうやったのか、と考えてたですの」

「そういえば、違和感があるとか言ってたね」

「……らむねが、どうやって作られてるか、わからないですの、でも、がす? というものを、入れすぎたのなら、入れた時に、なぜ破裂しなかったですの? 何とか破裂せずに持ちこたえたとして、作ってから、そんなに長く持ちこたえて、タイミングよく発表会で破裂したのはなぜですの? それから、作ってから移動させるのに、多少なりとも、衝撃はあったと思うですの、何とか持ちこたえている状態で、その時なぜ破裂しなかったですの? 時と場所のタイミングが良すぎるですの、発表会で何か細工されたと思うですの」

 ルドルはとても真剣にそう告げた。


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